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2009年10月18日

日本人のDNAと日本人のルーツ(2)

続きです。

前回、縄文人より先に日本で住んでいたコロポックルについて話しました。

縄文人はシベリア大陸を経由して、日本へやって来た民族。

続いて、紀元前5世紀中頃にやってきた弥生人です。

これはDNAの解析技術が進んだ現在において、弥生人のDNAも分かる様になりました。

中国大陸の長江流域、山東省付近から来たと言われています。

中国の歴史でも伝説の時代の夏王朝時代に日本へやってきています。

日本へ来なかった弥生人は中国で楚、越、呉の国を起こすのです。しかし、秦の始皇帝によって、国は滅亡します。

3000年も前の話しですが、中国大陸に倭族がいて、小さな国家を築いていた。

しかし、戦争に負けて、南へと追いやられる。

倭族とは百越族に属していて、長江文明の先駆者達なのです。稲作文化の継承者ですね。

弥生人が第二の支配者となっていきます。

縄文人と弥生人が権力争いで勝負して、弥生人が勝つ。

しかし、圧倒的に縄文人の方が数が多く、弥生人は共存の道を選んでいく訳です。

弥生人は3000年の新参者ですよね。フン!生意気だよね!

続いて、またまた新参者が日本へやってきます。半島人です。

663年、百済と日本は同盟を結んでいました。

その百済と唐が戦争をするんです。同盟国日本は百済へ援軍として向かいます。

しかし、唐は非常に強いです。その上に百済でお家騒動が有った。

もはや、日本軍が全力で百済を守る理由が無くなってきた。

旗色も悪くなった状態で日本軍がこれ以上、他国で戦うのは日本の滅亡を意味します。

それで日本軍は百済から撤退します。これは余力を残しての撤退でした。

唐は百済を滅ぼした後、日本へは向かわず、高句麗討伐へ向かうのです。

ここで日本軍はやっと一息つけますが、問題は百済の難民です。

日本は難民を大勢受け入れるはめになってしまいました。

唐は高句麗をも滅ぼし、日本討伐するかと思いきや、武即天は権力闘争に忙しかったのですよ。

反対勢力を粛清するほうにエネルギーを費やしていた。これで日本は助かっています。

半島からの難民は100人とか1000人レベルでは有りません。

唐の奴隷になるのですよ。妻は強姦されるし、女の子は市場へ売られる。

百済人にとっては逃げるしかなかった!まぁ、船で直ですけどね。

その半島人もいわゆる、日本人の御先祖様ですよ。

最後に、このココログって書き込みにくいなぁ。。使い難く無いですか?

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